※チェ・テソン(1971年 7月16日)は、大韓民国の韓国史講師。「クンビョル先生」というニックネームでも有名。成均館大学史学科卒。
(ソウル=ニュース1)イ・ジヒョン記者=歴史講師チェ・テソンが『ボルパルガン新鮮劇』に出演した。
4日に放送されたMBC芸能番組『ボルパルガン新鮮劇』の最終回ではチェ・テソンが登場し、韓牛の歴史について講義しながら注目を浴びた。
チェ・テソンは、「韓牛といえば『黄色』をまず思い浮かべるのではないか。ところが、私たちの国の牛の色は実際には多様だった。黒いしま模様が入っているのは、まだら牛という。非常に多様な種類で8~10種類ほどいた」と説明した。
彼は、「古代の高句麗壁画を見ると、黒牛や黄牛などの牛がすでにいた。朝鮮時代まで多様な牛がいた」とし、「では、いつから韓牛は『黄色』と決まったのか」という質問を投げかけた。
ソ・ジャンフン、ソン・シギョン、ハハ、キム・ジョングクら出演者が知りたがる中、チェ・テソンは、「日帝強占期の時からそうだった」と教えた。「私たちの牛を標準化させるということで、そうなった」と説明を加えた。
チェ・テソンは、「最も有名な日本牛は?」と尋ねた。「和牛」という返答を聞いてチェ・テソンは、「その和牛が、元来、私たちの国の黒牛だ。済州の黒牛を見て、日本が収奪した」と明らかにし、衝撃を与えた。 これを聞いたキム・ジョングクは、「私たちのものを持っていったのか」と憤怒した。
チェ・テソンは、「かつての韓牛がちょうど今の伴侶犬のような存在だった」と話した。 「伴侶牛」だった。牛小屋が家の中にあった。引越しする時、良い日を選ぶように 牛小屋を作る時、良い日を計算してやった。言葉どおり家族だった」と話した。キム・ジョングクが、「家族のように貴重な存在でありながら、どうして食べようと思ったのか?」と聞くと、チェテソンは、「おいしいから」と言い返して爆笑を誘った。
また、チェ・テソンは、「牛は農業社会でとても重要だったので、一般的には牛が死んでから食べた」と明らかにした。さらに、「国では牛の屠畜を禁止していたが、唯一1カ所でのみ許可した。他ならぬ成均館(ソンギュングァン)だった。未来の人材となる人たちだったので、思う存分やれるようにした」と話し、驚きを与えた。
これを聞いていたソン・シギョンは、「泰陵(テルン)選手村みたいなもんだよ~」とキム・ジョングクに言った。すると、元国家代表バスケットボール選手のソ・ジャンフンが怒った。「それをどうしてあの子に聞くの?選手村に15年いた人間には聞かないで」と残念そうにしながら笑いをとった。
ソース NEWS1(韓国語)
https://entertain.naver.com/read?oid=421&aid=0005395076
写真4枚目 私たちの牛を標準化するという名分の下
写真5枚目 済州の黒牛を収奪した日本
写真6枚目 プグルプグル
別ソース
【韓国料理番組】 人気歴史講師「日本に韓牛を奪われたというのは事実…和牛、済州島から黒牛を収奪したものだ」[06/05] [LingLing★]
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1622906991/
元スレ
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/news4plus/1623018361/-100
これは和牛が韓牛を盗んだからニダ
チョンはバカしかいないわな
馬鹿?
日本人「山形牛?丹波牛?何だろ?」
チョン「和牛!」
チョンはバカ
いつのまにか真実になるから
ゴールポストは動かすだけじゃない、作り出すんだ。ほんと馬鹿
ほんとにうぜえ連中だな。
で?馬鹿チョンは当然明治時代前からって証拠付き資料が有るんだよな?www
牛は完全に「農耕牛」
少なくとも「サシの入った食肉牛」肥育のノウハウは日本のもの。